薬物療法・漢方療法
薬物療法・漢方療法

ペインクリニックにおける薬物療法は、単に痛みを一時的に抑える「痛み止め」だけではありません。過敏になった神経を鎮める薬、痛みを抑える脳のシステム(下行性疼痛抑制系)を強化する薬、そして身体の治癒力を底上げする漢方薬などを組み合わせ、痛みの悪循環を断ち切るうえで重要な役割を果たします。
当院では、効果と安全性のバランスに留意しつつ、個々の患者さんの健康状態や体格、薬物に対するイメージを尊重しながら薬物療法の調整を行っていきます。
慢性痛の多くには一般的な鎮痛薬が効きづらい特徴があります。その理由は、私たちが感じる痛みには、「炎症による痛み(侵害受容性疼痛)」「神経の痛み(神経障害性疼痛)」「脳が過敏になる痛み(痛覚変調性疼痛)」があり、それぞれに対応した薬剤でないと効果的ではないためです。[1]
当院では、痛みのタイプに応じた薬剤を組み合わせて使用していきます。
当院で主に使用する薬剤について、その効果と安全性、注意点を解説します。
代表薬:ミロガバリン(タリージェ)、プレガバリン(リリカ)
痛覚神経線維にあるカルシウムイオンチャネルの働きを抑えることで、痛覚を伝える神経の興奮性を低下させる作用があります。[2]
※高血圧の薬(カルシウム拮抗薬)とは作用する場所が異なるため、血圧には影響しません。
副作用と対策:内服開始直後はめまい・ふらつき・眠気が出ることがありますが、少量から開始し、体が慣れてからゆっくり増量することで多くは軽減します。むくみや体重増加が出る場合は用量の調整を行い、それでも改善しなければ中止を検討します。
代表薬:デュロキセチン(サインバルタ)
下行性疼痛抑制系の機能を強化する作用があります。[4] 「抗うつ薬」に分類されますが、鎮痛薬としても高いエビデンスがあります。[5]
副作用と対策:初期の吐き気や眠気は1〜2週間で落ち着くことが多いです。
代表薬:アミトリプチリン(トリプタノール)など
古くから用いられている抗うつ薬で、特に神経障害性疼痛に対する有効性が示されています。[6] 本来はうつ病の薬ですが、ペインクリニックでは抗うつ作用がほとんどない少量で使用します。非常に有効性が高く、鎮痛効果に加えて夜間の睡眠の質を高める作用もあります。
副作用と対策:口渇や便秘、眠気が出やすい薬です。心臓の病気や緑内障、前立腺肥大がある方には使用できない場合があります。
代表薬:ノイロトロピン(NTP)
ノイロトロピンは日本で開発され、長年ペインクリニックで用いられている非常にユニークな鎮痛薬です。下行性疼痛抑制系を活性化させ、末梢の血流を改善し、ブラジキニンという発痛物質を抑える作用もあります。[7] 末梢神経だけでなく脊髄・脳レベルでの痛みの伝達や感作を抑える作用、自律神経や血流の調整作用などが示唆されています。帯状疱疹後神経痛など神経障害性疼痛に対して有効性が報告されています。[8]
副作用と安全性:重篤な副作用はほとんどなく、他の薬との飲み合わせも問題になりにくいため、高齢の方やたくさんの薬を飲んでいる方でも開始しやすい薬です。
代表薬:ロキソプロフェン、セレコキシブ
プロスタグランジン生成を抑制し炎症を鎮めます。即効性がありますが、神経痛への効果は限定的です。
副作用と対策:胃粘膜障害や腎機能低下[9]、心血管イベントのリスクも報告されています[10]。必要な期間に限定し、胃薬併用などの安全対策を徹底しています。
NSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛薬)を含む湿布薬は、局所の炎症・腫れ・熱感を抑える効果があります。温湿布(MS温シップ、ラクール温シップ)は温感成分(カプサイシンなど)により筋緊張を緩め、血流を改善させることで痛みを和らげる作用があり、慢性的な肩こりや筋緊張に効果的です。外用薬はあくまで補助的治療ですが、飲み薬に比べて全身への負担が少なく、胃腸の弱い方や高齢の方でも使いやすいという利点があります。
代表薬:カロナール
脳の中枢神経に作用して鎮痛効果を発揮します。NSAIDsと異なり抗炎症作用は弱いですが、胃腸や腎臓への負担が少なく幅広い年代で使用できます。
副作用と対策:高用量・長期使用では肝機能に注意が必要です。[11]
代表薬:トラマドール、トラムセット
オピオイド受容体作用とSNRI様作用の両方を持つ薬です。[12] 強オピオイド(麻薬性鎮痛薬)に比べ依存性は極めて弱いですが、適正使用を徹底します。
副作用と対策:吐き気・便秘・眠気はよくみられますが、吐き気止めや下剤を併用します。
代表薬:メコバラミン
末梢神経の保護・回復促進作用があります。副作用は極めて少ない薬です。
代表薬:カルバマゼピン(テグレトール)
もともとてんかんの治療薬で、神経の興奮を抑える作用があり、特に三叉神経痛に対して特効薬的な有効性が示されています。[13]
副作用と対策:眠気、ふらつき、肝機能異常、低ナトリウム血症、発疹などが起こることがあり、定期的な血液検査と慎重な用量調整が必要です。
代表薬:スマトリプタン、ゾルミトリプタン、エレトリプタンなど
片頭痛の発作時に最も効果が期待できる薬剤のひとつです。脳の血管周囲に存在する三叉神経からの痛み信号を抑え、過剰な血管拡張を正常化することで痛みを鎮めます。
使用のコツ:頭痛が始まったら、痛みのピークを迎える前に早めに服用することです。心臓病や脳血管疾患の既往がある方では使用できない場合があります。
漢方薬は体質や自律神経のバランスを整え、慢性痛の治療に役立ちます。[14] 様々な種類があり、即効性のものから体質改善型まで幅広く存在し、適切な使い分けが重要です。以下に漢方薬をタイプ別に分類します。
「気」の巡りが停滞すると、自律神経障害の状態に近く、神経や筋肉の過緊張、不安、胃腸の不調、頭重感、肩こり、のどの違和感などが生じます。「気剤」にはこれらを整える作用があります。
ストレス、いらいら、不眠、筋緊張の緩和に。中枢感作を和らげる効果も期待されます。
精神的緊張、不安感、動悸、怒りっぽさに。体と心が連動して症状が出る方に適しています。
のどのつかえ感(咽喉頭異常感=ヒステリー球)、ストレスで胃腸が弱るタイプに。
みぞおちのつかえ、胃腸の不調、不安感、ストレスによる痛みの増悪に。脳腸相関を整える作用があります。
めまい・頭重感・ふらつき・気象変化で悪化する症状に。自律神経の安定化と水分代謝(水滞・水毒の改善)の両面の作用があり、肩こりや緊張型頭痛の改善にも用います。
「血」の巡りが悪くなることを漢方学的には「瘀血(おけつ)」と表現し、慢性痛・こわばり・冷え・関節痛と深く関係します。
女性の冷え、血行不良、月経関連の痛み、更年期障害、慢性疼痛に広く用いられる代表的な漢方です。
関節痛、筋肉痛、神経痛に。血流改善と痛みの緩和を同時に期待できる処方です。
冷えを伴う関節痛・腰痛・筋肉のこわばりに使用します。附子(ぶし)を含むため深部の冷えに強く作用します。
水分代謝の不調を示す「水滞(すいたい)」は、頭痛・めまい・むくみ・関節の腫れ・気象病などに関係します。
低気圧で悪化する頭痛、むくみ、めまい、浮腫に。
肥満傾向、むくみ、関節痛、膝痛に。水滞と虚弱体質の両方を補います。
高齢者の腰痛、下肢のしびれ、泌尿器症状、冷えなど。加齢・慢性痛・血行不良が複合する場合に用いられることが多い処方です。
急な筋肉のけいれん、こむら返りに頓服として用います。
当院では痛みの性質、体質、日常生活の特質などを総合的に評価し、必要に応じて西洋薬と組み合わせながら処方します。漢方薬は副作用が少ないとはいえ、甘草を含む薬剤では「偽アルドステロン症(むくみ・血圧上昇)」、附子製剤では「しびれ・動悸」が出ることがあるため、定期的な診察と安全管理を行いながら治療を進めています。
神経系の薬は血中濃度を安定させることで効果を発揮するため、継続内服が重要です。副作用が気になる場合も少量から開始し、体が慣れるまで調整します。
痛みが安定して数ヶ月すれば、医師の指示に従ってゆっくりと減量していきます。自己判断で急に中断すると痛みがぶり返し、薬の効果判定も困難になるため注意が必要です。慢性痛の診療では、薬物療法とリハビリテーション、心理社会的アプローチを組み合わせた多面的治療が推奨されています。
多くの場合、神経が落ち着けば減量・中止が可能です。ただし急な中止は症状悪化につながるため、計画的に進めます。
眠気は初期に出やすいですが、少量から開始し就寝前に内服することで多くは軽減します。
比較的安全ですが、副作用がゼロではありません。特に甘草含有薬の長期大量使用ではむくみ・血圧上昇(偽アルドステロン症)が起こることがあります。
NSAIDsや芍薬甘草湯は頓服で構いませんが、神経痛の薬(リリカ、サインバルタ等)や体質改善目的の漢方薬は継続が重要です。
薬物の内服に抵抗感を持つ方は多く、「できれば薬を飲みたくない」というお気持ちは理解できます。しかし病院で処方される「医療用医薬品」は長年の基礎研究をベースに、多額の資金をかけて開発され、その上厳しい審査を経て有効性や安全性が徹底的に保証されたものです。
一方、市販の健康食品やサプリメントは安心と考える方もおられますが、それらの中には科学的根拠や安全性評価が十分でないものもあり、「自然素材だから安全」とは必ずしも言い切れません。治療の中心となる薬については、できるだけ科学的根拠のはっきりしたものを選ぶことが大切です。
当院では薬物療法を漫然と続けることはせず、神経ブロック、リハビリ、低出力レーザー治療などと組み合わせ、「必要最小限の薬で最大限の効果」を目指します。
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