認知行動療法
認知行動療法

「痛みのせいで好きだった趣味も仕事もできない」
「痛みが良くならずにどんどん強くなるのではないかと不安だ」
慢性疼痛の患者様は、しばしばこのような深い不安や絶望感を抱えています。慢性痛では痛みを感じ取る(認知する)「脳」のシステムそのものにも変化が生じていることが分かっています。[3,10]
当院では神経ブロックや薬物療法で「体の痛み」を鎮めるのと同時に、「痛みの認知」や「痛みに対する心理・行動パターン」を評価し、慢性痛に潜む認知のゆがみに対し、認知行動療法を用いてアプローチしていきます。[11]
慢性痛の患者様が陥りやすい代表的なパターンが、恐怖・回避モデル(Fear-Avoidance Model)と呼ばれる思考の悪循環です。[1] 恐怖回避モデルではネガティブな思考回路が循環するため、なかなか抜けるのが難しくなっています。
この悪循環を断ち切るためには、自分がとらわれている痛みの悪循環に気づき、認知の歪みを理解し、行動そのものを変えていく必要があります。[6]
「この痛みは重い病気が原因だ」「一生治らない」といった破局的な思考(Catastrophizing)が強くなる。
「動くと痛みが出る」という恐怖から、できるだけ動かないようになり、正常な日常生活が送れなくなる。
過度な安静で筋力が落ち、関節可動域も狭くなり、ちょっとした軽労作にも耐えられなくなり、常に疲労感を感じるようになる。
痛みにばかりが気になり、ちょっとした刺激も「痛い」と感じるようになる。
以前よりも弱い刺激で、より強い痛みを感じるようになり、「やはり動かない方がいい」という思い込みがさらに強まっていく。
当院では、古典的な認知行動療法(CBT)に加え、ACT(Acceptance and Commitment Therapy)の考え方も治療に取り入れています。[7,13]
とはいえ、外来で長時間かけてセッションを行うわけではありません。診察室での短いやり取りの中で、患者様ごとに必要なポイントを選び、日常生活で実践しやすい形にかみ砕いてお伝えします。
認知行動療法の基本は、「考え方の癖」に気づき、それを修正していくことです。[8]
以下にいくつかポイントを紹介致します。
「この痛みは一生続く」というような極端な思考回路に対して、「あまり痛みを感じない瞬間もある」や「ブロックをすると楽な時間もある」といった事実ベースの認知に置き換えていくことで、破局的思考回路に陥らない方法を習得します。
「痛みがゼロにならなければ何もできない」という二極化的な考え方を、「今の痛みでも、休み休みならできることがある」といった「部分的な改善」を評価できる思考に修正していきます。[1,6]
ACTは、「痛みを完全に消し去ってから人生を始める」のではなく、「痛みがあっても、自分にとって大切なことを少しずつ取り戻していく」ことを重視する治療法です。[12,13] 例えば「痛みがなくなったら旅行に行く」ではなく、「旅行に行きたいから、可能な範囲で試してみる」といったように、痛みに左右されるのではなく、自分の欲求や価値観に従って行動します。ACTは「痛みがあってもできることもある」発想を身につける訓練と思うとわかりやすいかもしれません。慢性痛に対するACTは、生活機能やQOLの改善に有効であることが、さまざまな研究でも示されています。[4,7]
マインドフルネスは、「今この瞬間の身体感覚に注意を向ける」トレーニングです。[14] 痛みや不安といったネガティブな心理に支配されてしまうと、正しい身体認識は失われ、いわば心と身体のバランスが崩れた状態になってしまいます。マインドフルネスは思考回路に沸き起こるネガティブな感情にとらわれないようにする訓練と考えるとわかりやすいかもしれません。マインドフルネスを繰り返すことで徐々にネガティブな思考にとらわれず、自らの身体感覚を正確に感じるようになります。そうすることで痛みに対する脳の過剰な反応を和らげることが出来ます。[5]
当院では日々の診察の中で医師が以下のようなステップを意識し、認知行動療法やACTのエッセンスを組み込んでいます。
まず痛みのメカニズムの理解は治療するうえでとても重要です。「線維筋痛症だから痛い」というだけでなく、「神経が過敏になり、下行系疼痛抑制系が弱くなった状態だから痛みを感じる」ということをなるべくわかりやすく説明すると、痛みの正体を理解することが出来ます。理解が深まると痛みに対する不安が和らぎ、多くの方で実際に痛みが軽減することが報告されています。[2,9]
慢性痛の患者様には、活動量が不安定なケースが多々見られます。正しいのはできる範囲でなるべく一定の運動量を保つことです。[15] 達成できれば運動量を徐々に増やしていき、筋力低下や関節拘縮を防ぎつつ、「動いても壊れない」「体は意外と大丈夫」という新しい学習を脳に促します。
「痛みをゼロにする」ことだけを目標にしてしまうと、なかなか到達できず、かえって落ち込んでしまうことがあります。そこで、ACTの考え方を取り入れ、実現可能な小さな行動目標を設定します。[4,12] 例えば、「週に一度は好きなカフェに行く」「見たかった映画を見に行く」などです。目標を達成するうちに自分への自信と希望が生まれ、痛みの悪循環から抜け出すきっかけを作ることが出来ます。
全ての痛みに万能というわけではありませんが、特に以下のような状態で有効性が示されています。[6,8]
*当院は認知行動療法を専門的に行う施設ではありません。認知行動療法のみの施行を希望される方は総合病院の専門外来などを受診することをご検討ください。
「痛みは気のせいだと言われてつらかった」という経験をされた患者さんは決して少なくありません。当院では「痛みを感じるメカニズムの変調」は重要な治療対象と考えております。当院の大きな強みは、認知行動療法・ACTを単独で行うのではなく、神経ブロックや薬物療法と組み合わせられる点です。[11] 認知行動療法単独の効果より、神経ブロックや薬物療法と組み合わせたほうが、効率よく治療を進めることが出来ます。
神経ブロックや薬物療法で痛みを和らげ、認知行動療法やACTのエッセンスで痛みに振り回されない生き方を取り戻す。その両方を提供できるのが、当院のペインクリニックとしての役割だと考えています。一人で抱え込まず、どうぞご相談ください。
慢性痛の多くで、認知行動療法やACTは「標準治療」として国内外のガイドラインで推奨されています。[6,8]
「痛みの悪循環を断ち切るための脳のトレーニング」と考えていただくとよいと思います。
当院は認知行動療法を専門的に行う施設ではないため、臨床心理士によるカウンセリングコースはありません。医師による診察内での短時間の指導です。認知行動療法のみの施行を希望される方は総合病院の専門外来などを受診することをご検討ください。
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