脳梗塞後の痛み
脳梗塞後の痛み

脳梗塞や脳出血の後に、さまざまな種類の痛みが生じることがあります。代表的なものは、筋肉・関節の変化による痛み(痙縮痛や肩関節痛など)と、脳そのものの神経回路が損傷されることで生じる痛みです。その中でも特に治療が難しく、生活への影響が大きいのが、中枢性疼痛(CPSP:Central Post-Stroke Pain)です。[1] 脳卒中によって脳内の感覚を伝える回路が壊れることで、脳が「痛い」という誤った信号を発し続ける状態です。
CPSPは症状のつらさや治療の難しさから、臨床的に特に重要な痛みとして位置付けられています。発生頻度は8〜35%と報告されており[2]、決して稀な痛みではありません。主な症状としては、しびれ、焼けるような灼熱感、軽い刺激で強い痛みが出るアロディニア、冷感や電撃痛などが挙げられます。一般的な痛み止め(ロキソニン等のNSAIDs)は効果が乏しいことが多く、神経痛治療薬や神経ブロック、リハビリテーションなどを組み合わせた専門的な治療が必要となります。[3]
この痛みは自然に軽快するケースもある一方、放置すると生活の質(QOL)を著しく損なう可能性もあります。当院では、CPSPを中心とした脳梗塞後の痛みに対して多角的な治療を行っています。
脳梗塞後の痛みには複数の原因があり、それぞれ性質も治療法も異なります。適切な治療を行うには、痛みがどのメカニズムで生じているのかを正確に診断することが何より大切です。
中枢性疼痛は、脳卒中の後に最も特徴的で治療が難しい痛みです。かつては「視床痛」と呼ばれていましたが、現在では視床だけでなく、延髄、脊髄、大脳皮質など感覚を伝える神経経路のどこに障害があっても生じることが分かっています。[1] CPSPは神経回路の異常興奮、痛みを抑える機能(下行性疼痛抑制系)の低下、感覚信号の誤作動などが発症に関与しています。痛い部位に目立った異常がなくても強い痛みを感じる点が特徴です。
脳梗塞後には、麻痺した筋肉の緊張が高くなる「痙縮」によって筋肉痛が生じることがあります。CPSPとこれらの末梢性の痛みが併発するケースも多いため、詳細な診察と鑑別が不可欠です。
CPSPは脳卒中発症直後から認められることもあれば、数ヶ月〜数年経過してから突然出現することもあります。そのため、患者様自身が脳梗塞との関連に気づかず、痛みが長期間続いてしまうことがあります。CPSP代表的な特徴は以下の通りです。
これらの症状は神経障害性疼痛の特徴であり、通常の筋骨格系の痛みとは異なる性質を持っています。
本来痛みを伴わないはずの刺激(衣服が触れる、風が当たるなど)で強い痛みを感じる状態。
「焼けるように熱い」「氷水につけたように冷たい」「電気が走る」といった説明が典型的です。
NSAIDsは炎症を抑えることで痛みを軽減しますが、CPSPは炎症ではなく「神経回路の損傷」が原因です。そのため、一般的な痛み止めは多くの場合で効果が十分ではありません。[4] 効果が乏しい薬を漫然と飲み続けると、副作用(胃腸障害・腎機能低下など)のリスクだけが高まる可能性があります。
適切な治療薬としては、神経痛治療薬(プレガバリン、ノイロトロピン)、抗うつ薬(SNRI系)などが用いられます。[3] また、薬だけでは改善が限定的な場合、神経ブロックや物理療法と組み合わせて治療を行います。
当院では、患者様一人ひとりの痛みの原因に合わせ、以下の治療を組み合わせて行います。
神経痛治療薬、筋弛緩薬、漢方薬などを症状に応じて組み合わせ処方します。
星状神経節ブロック(SGB)は、自律神経の緊張を緩和し、血流を改善させることで痛みの軽減に役立つことが報告されています。[5] 最近では、中枢神経系への影響が示唆されている研究もあります。[6] 内服治療との併用で効果が期待できる治療法です。
スーパーライザーによる近赤外線照射は、星状神経節や痛みの部位に温熱刺激を与え、血流を改善し筋緊張を和らげます。[7] 抗凝固薬内服中でブロックが難しい方にも安全に施行できる治療です。
痛みがある状態で無理に運動すると、筋肉が防御的に緊張し、さらに痛みが増す悪循環に陥ることがあります。これをPain-Spasm-Pain Cycleと呼びます。当院では、ブロックや薬物療法で痛みを一時的に抑えている間にリハビリを行うアプローチを推奨しています。
痛みの少ない状態で関節を動かすことにより、脳へ「動かしても大丈夫」という正しい感覚を再入力し、誤った痛みの回路を書き換えていくことが重要です。
慢性化した痛みでも、神経痛治療薬や神経ブロックにより痛みが軽減し、生活の質が改善する可能性があります。「痛みがゼロ」を目指すのではなく、「夜眠れるようになった」「リハビリが進むようになった」などの改善を目標に治療していきます。
一部のブロックでは休薬が必要ですが、休薬不要で行える治療も多くあります。
神経ブロック、薬物療法、リハビリなどは基本的に健康保険適用です。
脳梗塞後の痛みは外見からは分かりにくく、周囲に理解されづらいこともあります。原因不明の痛みやしびれ、リハビリが進まないなど、お困りの症状があればぜひ一度ご相談ください。痛みの少ない生活を取り戻し、前向きにリハビリへ取り組めるようサポートいたします。
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