線維筋痛症
線維筋痛症

線維筋痛症(Fibromyalgia: FM)は、全身の広範囲にわたる慢性的な痛み、こわばり、疲労感、睡眠障害、認知機能の低下(ブレインフォグ)などを主症状とする疾患です。日本の人口の約1.7〜2.1%(約200万人以上)が罹患していると推定されており、患者数は少なくありません。特に中高年の女性に多く見られますが、男性や若年層の発症もあります。痛みの場所や程度は日によって変動し、血液検査や画像検査で痛みの原因となる異常が見つからないため、診断がつかずに治療が遅れてしまうケースもあります。
長年、線維筋痛症のメカニズムは不明で、確立した治療法も少ない状況が続いていました。しかし近年の医学研究により、その原因が脳や神経システムにおける「痛みの感受性の異常(中枢感作)」や「下行性疼痛抑制系の機能異常」であることが解明されつつあります。[3,5]
例えば関節リウマチでは関節の「炎症」が原因で痛みが生じます。対して線維筋痛症では、痛みを感じる神経システムが過敏になっているため、通常なら痛みと感じない程度の刺激(服の擦れ、軽い圧迫、筋肉の疲労感など)を強い痛みとして感じてしまうのです。さらに痛みが長期間続くことで脳が痛みを学習・記憶してしまう「中枢感作」が起き、痛みをより強く感じる状態となります。このような痛みを痛覚変調性疼痛(Nociplastic Pain)と言います。
この神経システムの異常は単一の原因ではなく、身体的・心理的ストレス、自律神経のアンバランス、遺伝的要因などが複雑に関与して起こると考えられています。
当院では、薬物療法に加え、運動療法などのリハビリテーション、痛みの仕組みを学ぶ認知行動療法、痛みの悪循環を断つ「神経ブロック療法(SGB)」を組み合わせた多面的な治療を行っています。
線維筋痛症は痛みだけでなく、全身に多様な症状が現れるのが特徴です。
主な症状としては以下のようなものがあります。
場所や強度が日によって変わる、全身性の激しい痛み・違和感・疲労感。
起床時に体が鉛のように重く、関節が動かしにくい感覚。
痛みで眠れない、または眠っても疲れが取れない(ノンレム睡眠の欠如)。
日常生活が困難になるほどの倦怠感。
集中力が続かない、言葉が出にくい、マルチタスクができないといった認知機能の低下。
また線維筋痛症の患者様は、他科を受診しても改善しない以下の症状を併せ持っていることが多くあります。
これらの症状は非特異的なものであり、個々の治療は難しい面もありますが、線維筋痛症の随伴症状として治療を行うことで、徐々に改善する場合もあります。
線維筋痛症は検査で特異的な異常が出ないため、診断は「除外診断(他の病気ではないことの確認)」が中心となります。米国リウマチ学会(ACR)の診断基準(2016年改訂版)では、
などが基準となります。[1]
以前の基準では「他の病気がないこと」も条件でしたが、現在は関節リウマチやSLE(全身性エリテマトーデス)などの患者様が線維筋痛症を合併しているケースも診断可能です。
3か月以上続く全身の痛みがあり、市販の鎮痛薬が効かない場合や、疲労感で日常生活に支障をきたしている場合は、早めの受診をお勧めします。早期発見・早期介入が重症化を防ぐ鍵となります。
線維筋痛症は、「特効薬ひとつで完治する」病気ではありません。
国際的なガイドライン(EULAR)では、「患者教育」「非薬物療法(運動など)」「薬物療法」を組み合わせた集学的アプローチが推奨されています。[2] また、病態を正しく理解し、患者様ご本人が主体となって治療に取り組む姿勢が重要です。当院ではこれらに加え、痛みの伝達をブロックし血流を改善する「神経ブロック療法」を併用し、治療効果を高めるアプローチをとっています。
運動療法と認知行動療法的なアプローチです。
「動くと痛い」からと安静にしすぎると、筋力が落ち、精神的にも落ち込み、さらに痛みが増す悪循環に陥ります。有酸素運動(ウォーキング、水中運動)、ストレッチ、太極拳などによる運動誘発性鎮痛(Exercise-Induced Hypoalgesia)が有効です。「痛みをゼロにしてから動く」のではなく、「動くことで痛みを抑制する」という考え方を指導しています。
睡眠の質の改善:質の良い睡眠は、疲労回復だけでなく、脳の神経システムの機能回復に不可欠です。規則正しい生活や十分な睡眠時間の確保に加え、睡眠の質の改善は重要な治療法となります。
強い悲観的思考は破局的思考(Catastrophizing)と呼ばれ、痛みを増幅させます。自分の痛みを客観視し、捉え方を変え、ストレスマネジメントを行うことで極端な悲観的思考から抜け出すことが、治療の助けとなります。[4]
一般的な痛み止めは効果が薄いため、脳の神経伝達物質に作用する薬剤を使用します。主に使用するのは、興奮した神経からの過剰な「痛み信号」の放出を抑えたり、「痛みを抑える神経」である下行性疼痛抑制系の機能を強めたりする薬剤です。[10] 処方された薬をただ服用するだけでなく、作用を理解し、効果を正しく評価することが大切です。治療が進むと、当初効果が感じられなかった薬剤の効果が実感できるようになることもあります。正しい知識を持ち、粘り強く治療を続けることが治療の近道となります。
神経ブロックは即効性が高く鎮痛効果も強いため、痛みの悪循環をリセットするうえで有用な場合があります。また星状神経節ブロックは自律神経の緊張状態を改善し、神経興奮の抑制や睡眠の改善効果なども期待できます。[12]
治療はStep1→Step3と段階的に進めるだけではありません。個々の状況に応じて組み合わせを検討し、着実に前進できるよう進めて参ります。効果を実感するまでに時間がかかることもありますが、信頼できる医療機関で粘り強く治療を継続することが重要です。
当院では、標準治療を後押しする「切り札」として、星状神経節ブロック(Stellate Ganglion Block: SGB)を積極的に導入しています。線維筋痛症の患者様は、痛みやストレスにより交感神経が常に興奮状態(過緊張)にあります。これにより全身の血管が収縮して血流が悪くなり、発痛物質が蓄積します。SGBはこの過剰な交感神経活動を一時的にブロックし、強制的にリラックス状態(副交感神経優位)を作ります。SGBには脳の視床下部に作用し、ホルモンバランスや免疫機能、睡眠リズムの正常化を促す効果があることも報告されています。[13] 神経ブロックで一時的に痛みを遮断することで、過敏になった脳の興奮を鎮め、リハビリ(運動療法)に取り組みやすい身体環境を作ります。
線維筋痛症は「完治(痛みがゼロ)」が難しい場合もありますが、「寛解(痛みが気にならず生活できる状態)」を目指すことは十分に可能です。治療開始から数ヶ月で症状が半減し、仕事に復帰される方も多くいらっしゃいます。焦らず、半年〜1年単位で改善を目指しましょう。
注射直後、一時的にまぶたが重くなる、声がかすれる、飲み込みにくくなるといった症状(ホルネル徴候など)が出ますが、これらは麻酔が効いている証拠であり、数時間で自然に消失します。稀に内出血などを生じることがありますが、エコーガイド下で行うことで重篤な合併症のリスクは最小限に抑えられています。
急激な運動は逆効果ですが、過度な安静はさらに症状を悪化させます。「痛みが増さない範囲」での軽いストレッチや散歩から始めましょう。当院ではSGBで痛みが和らいでいるタイミング(治療のウィンドウ)を利用して、少しずつ身体を動かすことを推奨しています。
線維筋痛症は、見た目に変化がないため周囲の理解を得られにくく、孤独に苦しまれている患者様が多くいらっしゃいます。しかし、この病気は決して「気のせい」ではありません。脳と神経のメカニズムに基づいた病気であり、適切な治療を行えば、QOL(生活の質)を取り戻すことができます。
当院では、最新の薬物療法と運動療法、そして自律神経を整えるブロック注射を組み合わせ、患者様お一人お一人の「痛みのない生活」を取り戻すお手伝いをいたします。
あきらめずに、まずは一度ご相談ください。
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