手術後の痛み
手術後の痛み

手術を受けて傷が治っているにもかかわらず、手術創やその周囲に痛みや違和感が残り、なかなか改善しないばかりか症状が徐々に増悪してしまうことがあります。このような術後の痛みは「手術の後だからある程度の痛みは仕方ない」と考えられたり、「気にしすぎではないか」などと言われることもありましたが、近年研究が進み、このような状態は遷延性術後疼痛と呼ばれ、専門的な治療が必要な病態であることが明らかになってきています。[2]
遷延性術後疼痛の発生率は意外なほど高く、特に胸部手術や整形外科手術、ヘルニア手術、帝王切開などでは10〜50%の頻度が報告されています。[1] 近年では、CPSPは術後管理の重要な課題として位置づけられつつあります。
CPSPの成立には、末梢神経、中枢神経、自律神経、局所組織環境など複数の因子が関与します。これらの変化は時間とともに固定化し、慢性疼痛へ移行するため、早期介入の重要性が指摘されています。
当院では、長引く術後の痛みに対し多面的な治療を提供しています。
遷延性術後疼痛が起こる主な背景は、痛みを伝える神経の機能変容です。術後の修復過程で創部周囲の神経が変化し、本来なら治癒とともに消えるはずの痛みが固定化します。代表的な要因は以下の通りです。
メスによる切開、術中操作、瘢痕組織による圧迫などで末梢神経が損傷すると、神経の興奮性が高まり、十分な刺激がない場面でも勝手に発火して痛み信号を送り続けます。この状態が異所性発火です。[3] 遷延性術後疼痛では創傷が治っていても神経が異常な信号を発する状況が持続するため、長期的に痛みが残るのです。
痛みは末梢から脊髄を経て脳に伝わりますが、術後に強い痛みが持続すると脊髄の神経の興奮性が上がり、刺激に対する過敏状態が続きます。[5] このような状態を中枢性感作と呼び、通常痛みを感じない刺激でも強い痛みとして感じるアロディニアや、痛みの範囲が広がる現象が生じます。[4]
通常、痛みが脳に伝わると脳幹から「痛みを抑える」信号が脊髄に送られます。この抑制システムである下行性疼痛抑制系の強さは、さまざまな要因で強くなったり弱くなったりとダイナミックに変動します。手術後の強い痛み、不安、不眠、ストレスが続くとこの抑制システムが弱まり、痛みに対して脆弱となり、弱い痛みを強く感じるようになってしまいます。
痛みにより交感神経が緊張すると血管が収縮し局所血流が低下します。虚血状態ではブラジキニン、プロスタグランジンなど痛みの原因となる物質が局所に蓄積し、痛みの悪循環が生まれます。
遷延性術後疼痛は複合的な要因が関与するため、単一の治療では十分な改善が得られないことがあります。当院では、薬物療法に加え神経ブロックやレーザー治療など複数の治療を組み合わせ、状況に応じたアプローチを選択します。
局所麻酔薬により興奮した神経を一時的に遮断し、過敏になった神経回路を休ませます。
硬膜外腔に局所麻酔薬を注入し、脊髄神経根や交感神経を広くブロックします。中枢性感作を抑える効果も期待されます。
首にある星状神経節をブロックし交感神経緊張を緩めます。術後に起こりやすい血流低下の改善に有効で、CRPSの兆候がある場合に特に有効とされています。[6]
低出力レーザー治療は、半導体レーザーを用いた痛みや熱さを伴わない治療です。強力な血流改善作用と、ミトコンドリア活性化による組織修復の促進作用、神経炎症の抑制といった多面的な作用を持ちます。[9] 術後の広範囲にぼんやり残る痛みやしびれに適応が広く、組織の再生を促しながら痛みの緩和を図ります。[8]
一般的なブロックで改善が乏しい場合、パルス高周波療法が有効なことがあります。高周波パルスにより神経の過敏性を抑え、長期的な鎮痛効果が期待できます。[10] 肋間神経痛、鼠径部痛、膝術後の神経痛など、責任神経が明確な場合に特に有効とされています。[11]
術後に瘢痕組織の癒着が痛みの原因となることがあります。エコーガイド下で筋膜や神経周囲の癒着を剥離し、可動性を改善して痛みを軽減します。[7]
術後の痛みを我慢し続ける必要はありません。痛みが長引くほど神経過敏が固定化し、治療が難しくなります。反対に早期の適切な介入により慢性化を防ぎ、生活の質を大きく改善できる可能性があります。
当院では硬膜外ブロック、星状神経節ブロック、癒着改善のハイドロリリース、レーザー治療、パルス高周波療法などを組み合わせ、一人ひとりに合わせた治療計画を立てています。手術を受けた医療機関の紹介状がなくても受診可能です。
術後の痛みが続くと感じた際は、どうぞ一度ご相談ください。
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